八甲田山の心霊スポットとは?ある凄惨な事故との関係

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青森県にある八甲田山は、心霊スポットとして有名です。

ネットだけでなく書籍などでも八甲田山の怪奇現象は語られており、いわゆる定番の心霊スポットとして広く認知されています。

心霊スポットに詳しくない方でも、「八甲田山は怖い」「八甲田山は一人では行ってはいけない」という噂を聞いたことがあるという人は、多いのではないでしょうか。

しかし、八甲田山で起こる怪奇現象には、ある凄惨な事故が原因だとも言われています。その事故とは、小説や映画化もされた「八甲田雪中行軍遭難事件」のこと。

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「八甲田雪中行軍遭難事件」とは

事故は、明治35年(西暦1902年)に起こりました。

日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が冬季軍事訓練のため、210名の参加者が雪の中、青森市街から八甲田山の田代新湯に向かいます。

この雪中行軍は、寒冷地での戦いを有利にするために行われた軍事訓練でした。しかし、210名のうち199名が亡くなるという大惨事となったのです。

遭難した理由

軍事訓練にもかかわらず、これだけの規模の人数が遭難してしまったことは不思議でなりません。

準備段階でも、地元の木こりや農家などから情報収集を行い、冬山に対する知識を身に付けていたそうです。また、予行演習も実施されており、そのときは好天により成功しています。

出発する段階では、凍傷を防ぐための対応を軍医から指示され、眠らないようにとも伝えられていました。

元々1泊2日の行軍を計画していたので、どうやら最初から本格的な休息は視野に入れていなかったようです。

1月23日の出発当日、地元の村人から中止するようにと忠告されます。どうしても行くなら案内をするという村人の進言を断り、歩兵第5連隊は進軍を決行するのです。

遭難した経緯

進軍を決行した後は天候が悪化しますが、協議の結果、続行が決まります。

1月24日になると、雪の中での火の扱いは難しいことから食事が満足に取れないことが判明します。それから帰営することが決定されますが、道に迷ってしまったのです。

歩兵第5連隊は完全に遭難していました。すでに4分の1は亡くなり、隊員たちの士気はどんどん下がります。

1月25日になると、亡くなった隊員、行方が分からなくなった隊員を合わせると70名以上となっており、凄惨な状況が窺えます。

1月26日には隊列が乱れて階級もバラバラの状態で行軍は続行。すでに生き残りは約30名となっており、蓄積された疲労と飢えのため進める距離がどんどん短くなっていきます。

救援部隊に発見

1月27日には二手に分かれて田茂木野方面と青森方面へ向かいます。そして救援に来ていた部隊に発見されるのです。

しかし、行軍中にバラバラになってしまったことから、すべての隊員が発見されるまでには時間を必要としました。

最後のご遺体を回収できたのは、5月28日だったそうです。

助かったのは210名中11人でした。他にも6名の生き残りがいましたが、治療の甲斐なく亡くなったと伝わっています。

八甲田山の心霊スポットとは

八甲田山では数々の怪奇現象が起こっています。

幽霊を見たという噂話から、実際に八甲田山付近から消防へ通報があったので駆けつけてみると誰もいなかったという、不可思議な出来事も報告されています。

前述したように、「八甲田雪中行軍遭難事件」では199名もの方がお亡くなりになっていることから、八甲田山で無念にも命を絶たれた兵隊たちの亡霊が出るのだと噂されるようになりました。

八甲田山で遭遇した兵隊の霊

八甲田山付近では、兵士の幽霊を見たという怪談話があります。

ある日、大学生4人が八甲田山にドライブで出掛けると、車の周りを軍靴で行進しているような「ザッザッザッ」という音に囲まれます。

怖くなって逃げ帰り4人で震えていると、軍服を着た男たちが現れてとても怖い思いをしたそうです。

この話は実際に怪談収集家の中山市朗氏がイベントで話されたり、新耳袋という書籍で発表されていたりしています。

新耳袋とは、中山市朗氏と木原浩勝氏の手による怪談シリーズの書籍です。

小説だけでなく漫画や映画という媒体にも展開されており、心霊業界ではバイブルのような存在となっています。

また、怪談新耳袋「殴り込み」という映像作品では、実際に八甲田山へ向かうスタッフたちに木原浩勝氏がアドバイスを行っていました。

執筆中に不可思議な体験をしたことから、書いた本人でさえ恐怖を感じたと語っています。

八甲田山で起こった怪奇現象

前述したように、八甲田山には兵隊の幽霊話があります。さらに2014年には、実際に怪奇現象が起こったことが報告されています。

それは2014年の5月のこと。青森県内の消防通信室に119番通報が掛かってきました。

掛かってきた電話に応答してもノイズ音しかせず、対応した係員は「もしかして電話の前で倒れているのかもしれない」と考えます。

そのため通信元を調べてみると、八甲田山の別荘地のある家からだということが分かりました。

しかし、駆けつけてみると家は鍵が閉まっており、中には誰もいません。念のためにガラスを割って家の中に入りましたが、やはり誰もいなかったそうです。

発信元を調べるために電話を見つけましたが、それは受話器が繋がれた状態の黒電話だったそうです。

さまざまな憶測が飛び交っていますが、中でも有力なのは風による混線説です。

当時、八甲田山周辺ではかなりの強風が吹いていました。これが原因で、電話線にトラブルが行ったのではないかと言われています。

まとめ

八甲田山が心霊スポットとして有名になったのは、1902年に起こった雪中行軍遭難事件がベースにあるからだと思われます。

そして実際に兵隊の幽霊や怪奇現象が報告されており、普通ではない場所なのだと感じる人も多いのでしょう。

不可思議な出来事が起こる場所には、なんらかのいわくがあるのかもしれません。

しかし、怪談収集家の方でさえ八甲田山は怖いと語っていることから、肝試しや遊びの気持ちで近づくことは避けた方が無難だと言えそうです。

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