「恩讐の彼方に」は、菊池寛(きくちかん)が大正8年に発表した短編小説です。
実在の人物である禅海という僧がモデルになったと言われていますが、それはトンネル彫りのエピソードのみで、復讐部分は作者の創作になっています。
今回はドラマ化もされたことがある「恩讐の彼方に」のあらすじを簡単にご紹介します。
菊池寛「恩讐の彼方に」あらすじ
物語は主人から不義を言い立てられる場面から始まります。
禁じられた関係
越後国柏崎生まれの市九郎は、自らの主人である中川三郎兵衛の愛妾、お弓と密かに心を通わせていました。
しかしある時、そのことが三郎兵衛に知られてしまい、市九郎は手討ちされそうになります。
身を守るべくとっさに反撃に出たために、市九郎は三郎兵衛を斬ってしまいました。
その後、市九郎とお弓は中川家から出奔し、二人は東山道の鳥居峠で茶屋を開くこととなります。ところが、二人はただの茶屋の夫婦ではありませんでした。
実はその裏で、美人局や泥棒を生業として暮らしていたのです。
改心した市九郎の決意
出奔から3年が経った春に、市九郎はお弓の指示によってある夫婦を手に掛けてしまいます。この時、市九郎はこの事をとても後悔しました。
しかしその一方で、お弓は彼らが身につけていた櫛などの品に興味を示すだけでした。そんなお弓の浅ましさに嫌気が差した市九郎は、お弓のもとを離れることを決意します。
これまでの自分の悪行を悔い、出家を果たします。了海と名を改め、滅罪のために全国行脚の旅に出るのでした。
旅の道中で、市九郎は山の絶壁にある鎖渡しという難所にたどり着きます。そしてこれを渡りきった時、この道にトンネルを掘って、ここで命を落とすものを救おうという誓願を立てます。
仇討ちに来た男
穴を掘り始めて19年が経ち、トンネルの完成も間近となったころ、市九郎のもとにある男がやってきます。
それは、かつて市九郎が手に掛けた三郎兵衛の息子である実之助でした。
父の命を奪った市九郎を追いかけて、復讐のためにはるばるやってきたのです。
しかし、市九郎とともに働いていた石工の頭領により、仇討ちをトンネルの完成まで待つことを承諾します。
和解のとき
トンネルの完成を待つ中で、市九郎の中にある菩薩の心を目の当たりにした実之助は、次第に大願を果たす感動を分かちあうようになります。
そして市九郎が穴を掘り始めて21年目、ようやくトンネルは完成しました。
市九郎は約束通り実之助に自らを討たせようとします。
しかしすでに仇討ちの心を捨てた実之助は、市九郎に縋り付いて号泣するのでした。
感想
罪を重ね続けた市九郎が改心して、何十年も掛けてトンネルを完成させます。その姿に感動した復讐者は自分の想いを踏みとどまるのです。
だからと言って市九郎の罪が許されたとは思えませんが、読み終わったあとは清々しい読了感を味わってしまいます。
闇にまぎれて市九郎を討とうとしたが、経を唱えながら一心不乱に鉄槌を振るっている様子を目の当たりにしたことで、実之助の復讐心が揺らいだシーンは読み応えがありますね。
菊池寛「恩讐の彼方に」は、罪を背負った者と復讐を誓った者、どうすればお互いの心が癒されるのだろうかと考えさせられる小説です。