春日局が大奥に込めた想い。謀反人の娘からの成り上がり

歴史
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小説やドラマの題材としても頻繁に取り上げられる春日局は、歴史上の人物の中でも特に知名度の高い存在です。

中でもよく知られているのが、「大奥を築き上げた人物」という評価ではないでしょうか。

では、春日局とは一体どのような人物で、どんな想いを胸に大奥を取り仕切っていたのでしょう。

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春日局が大奥に込めた想いとは

大奥の原型は徳川家康の時代にも存在していましたが、その実態は曖昧なものでした。それを制度として整えたのが、2代将軍・徳川秀忠と正室のお江、そして実務を担った春日局です。

全盛期には1,000人以上の女性が暮らしていたとされる大奥。その巨大な組織をまとめ上げた春日局の手腕は、まさに見事としか言いようがありません。

そこでまずは、春日局の生い立ちを振り返り、彼女がなぜこれほどの力量を発揮できたのか、その背景を見ていきましょう。

春日局の生い立ち

春日局は、本名を斎藤福(さいとう・ふく)といい、明智光秀の家臣・斎藤利三(さいとう・としみつ)の娘として生まれました。

明智光秀といえば、主君・織田信長を討った人物として知られています。福の父・利三も、その謀反に関わった一人でした。

その結果、利三は捕らえられ処刑されます。当時4歳だった福は、その現場に居合わせていたとも言われています。もし事実であれば、幼い心に計り知れない衝撃を受けたことでしょう。

父を失った後、福は母とともに流浪の身となります。この時期にどこでどのように暮らしていたのかは、はっきりとは分かっていません。

その後、母の実家である稲葉家に引き取られ、書道や歌道などの教養を身につけます。これらの素養は、後に将軍の乳母となる際、大いに役立つことになります。

やがて伯父の養女となり、稲葉正成(いなば・まさなり)の後妻として嫁ぎました。

結婚後の福には、激しい性格をうかがわせる逸話が残されています。女性好きだった正成の浮気に激怒し、愛人の一人を手にかけたという話です。

このエピソードの真偽は定かではありませんが、後世にまで語り継がれるほど、強烈な印象を持つ女性だった可能性は否定できないでしょう。

家光の乳母として奮闘する日々

一度は家庭を築いた福ですが、夫の主君の家が断絶したことで、再び流浪の身となってしまいます。今度は家族を抱えての放浪であり、その苦労は計り知れません。

そんな折、江戸では徳川秀忠の子・竹千代(後の徳川家光)の乳母が募集されていました。

福は乳母になるため、夫と離婚したと伝えられています。ただし、離婚の経緯については、福から切り出した説、夫婦で話し合った説など諸説あります。

正式に乳母として採用されてからの福は、深い愛情をもって竹千代の養育にあたりました。この竹千代こそが、のちの3代将軍・徳川家光です。

福が家光に対してかなり愛情を注いでいたというエピソードが伝わっています。

秀忠とお江が家光の弟ばかりを可愛がったため、「次の将軍は弟になるのではないか」と危惧した福は、なんと家康のもとへ直接訴えに行ったとされています。

一介の乳母が初代将軍に直訴するなど、命懸けの行動だったに違いありません。

また、家光が病に倒れた際には「薬断ち」をして回復を祈願しました。家光は無事に快復しますが、その時の誓いを守り続けた福は、自身が病に伏しても薬を飲まなかったと伝えられています。

男色の家光と世継ぎ問題

深い愛情を注がれて育った家光は、無事に将軍となり、福もまた大奥を取り仕切る立場へと進みます。

当初は家光の母・お江のもとで働いていましたが、お江の死後、福は名実ともに大奥の中心人物となりました。

しかし、そこには新たな悩みがありました。家光に男色の気があり、女性にほとんど関心を示さなかったのです。

将軍に世継ぎがいなければ、幕府の存続そのものが揺らぎます。福はこの問題に頭を悩ませ、次々と女性を家光のもとへ送り込みました。

ところが家光の好みは意外にも庶民的で、尼や古着屋の娘、八百屋の娘などを気に入りました。

試行錯誤の末、無事に世継ぎが誕生し、福もようやく胸をなで下ろしたことでしょう。

「春日局」としての絶大な権力

世継ぎ誕生の頃には、福はすでに大きな権力を握っていました。そして天皇から「春日局」の名を賜ります。

謀反人の娘として育った女性が、将軍を支える重鎮へ。まさに劇的な人生です。

春日局の後ろ盾によって出世した人物は多く、息子の稲葉正勝、孫の堀田正盛、さらには元夫までが大名に取り立てられました。

これほどの権力を持てた最大の理由は、やはり家光からの絶大な信頼でしょう。

実の両親から十分な愛情を受けられなかった家光にとって、春日局は本当の母のような存在だったはずです。

家光の権力を背景に、春日局は大奥を通して自らの人生を切り拓いていったのです。

まとめ

春日局は謀反人の娘として育ち、大奥で絶大な権力を手にした女性です。

数々の修羅場をくぐり抜け、肝の据わった生き方を貫いたからこそ、何の後ろ盾もない立場から将軍の乳母となり、歴史に名を残す存在になれたのでしょう。

女性としての苦悩や葛藤を抱えたとき、春日局の人生を振り返ることで、強く生きるためのヒントが見えてくるかもしれません。

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